12日午前中、近江坂本の西教寺を訪ねました
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聖徳太子が仏法の師である慧慈・慧聰のために開創された寺で、推古天皇の26年(618)に大窪山の号をたまわり天智天皇の8年(669)に西教寺の号を下賜されたと伝えられている
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寺記には天台座主慈恵大師良源大僧正恵心僧都が念仏道場とした
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その後、比叡山で修行された真盛上人が文明18年(1486)入寺し、不断念仏の根本道場として、西教寺を再興された
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明治11年(1878)明治政府によって別派独立が公許、「天皇真盛派」の本山となった
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昭和16年(1941)に天台3派合同となったが、終戦とともに昭和21年天台宗3派、延暦寺(山門)、三井寺(寺門)、西教寺(盛門)が分離、天台宗真盛派を「天台真盛宗」と公称して独立した
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琵琶湖を一望する墓地群
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西教寺の墓地には、坂本城主・明智光秀と一族、秀吉の養女となった前田利家の六女・菊子をはじめ

とした戦国武将に仕えた人たちの墓がある

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無縁仏か?
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墓地から本堂の眺め
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