10月14日・13:17分、南山城・補陀洛山「海住山寺」
国宝・五重塔
十一面観音菩薩を奉安して、藤尾山観音寺と名づけたのに始まる
しかし、保延3年(1137)に灰燼の厄に遭い、寺観のことごとくを失ったのであります
その後70年を経た承元2年(1208)11月、笠置寺におられた解脱上人貞慶が思うところあって、この廃址に移り住み、海住山寺と名づけた
旧寺を中興されて、ここに現在の寺基を定められたのです
観音様の浄土は南海の洋上にある補陀洛山であります
浄土とは、生ある限り如何なる人も対決しなければならない人間苦・人生苦を解決した真実の楽しみの世界を意味します
以下、次号に続く
国宝・五重塔
「みかのはら わきて流るる いづみ川 いつ見きとてか 恋しかるらむ」
百人一首で知られる瓶原(みかのはら)を一望におさめる地に、海住山寺が創建されたのは天平7年(735)の事と伝えられています
大廬舎那仏造立を発願あそばされた聖武天皇が、その工事の平安を祈るため、良弁僧正に勅して一宇を建てさせた十一面観音菩薩を奉安して、藤尾山観音寺と名づけたのに始まる
しかし、保延3年(1137)に灰燼の厄に遭い、寺観のことごとくを失ったのであります
その後70年を経た承元2年(1208)11月、笠置寺におられた解脱上人貞慶が思うところあって、この廃址に移り住み、海住山寺と名づけた
旧寺を中興されて、ここに現在の寺基を定められたのです
観音様の浄土は南海の洋上にある補陀洛山であります
浄土とは、生ある限り如何なる人も対決しなければならない人間苦・人生苦を解決した真実の楽しみの世界を意味します
以下、次号に続く









