「思うが盛りなれば心是あり」
不本意の中にも本意あり
自分でも気付かない自分の気持ちはあるもの
思うが盛りなれば心是あり
如何なる気持ちも決め付ける要なし
心行くは思うが先
霊石不動堂縁起
弘法大師空海が嵯峨天皇の篤い帰依をうけて京都洛南に東寺を賜ったとき、東寺の鬼門(東北)にあたるこの地を択んで法城守護の為一体の不動尊を祀ったのに由来します
たまたま大師がこの地に発見した一基の妙霊なる石に、自ら彫り刻んだものでした
大師はこの霊験あらたかなる霊石不動が穢れた凡夫の目に触れるのを憚って、石棺に納め、更にこれを地中の井戸深く安置したのです
899年宇多天皇の御代に、深く仏道に帰依されていた天皇が法皇となられたとき、この地をふくめて京都西洞院に東西二町、南北に四町という宏大壮麗なる東七條御所(亭子院=ていじのいん)を営まれました
亭子院の造営にあたって宇多法皇はここに霊石不動の安置された井戸の在るのを知り、人に命じて取り出させようとしたところ、霊力のためか井中の石を見るもの悉く眼を病み恐れをなして終に果たせなかったいいます
そこで法皇は勅して井戸を封じ以後何人もうかがうことを許さず、大いなる堂宇を営み、これに霊石不動王の号を賜って、日夜御念持仏としていたく尊崇されたのです
本寺の本尊である弘法大師の一刀三礼を伝える霊石不動明王は現在も井底に封じられたままにあるため古今誰一人として直々に拝したことがなく、ために御前立として同じく不動立像を安置してこれを拝ことになっております
世俗に高野山波切不動尊と成田不動尊と並んで空海作の三体不動尊と称されるものです
尚、不動尊の右に弘法大師像、左に修験道とゆかりの歴史を物語る役行者が安置されています







