9月9日、東西・本願寺を訪ねました
彼岸にあたり親鸞聖人念仏の教えに学びましょう
いくら次々に起きる問題を解決しても、きりのないことです。あればあることが苦しみの種となり、なければないことが悩みのもととなります
私たちは苦しみにのみ心を煩わしますが、しかし苦しみのもう一つ底に苦しみを苦しみにしているもの、それが本当の問題なのでは無いでしょうか
何でもないことのようですが、本当のことを本当にしないと、本当でないことが本当になってしまうものです
これはなかなか大切なことで、私たちが大事な問題を大事だと分からないことが、大事ではないことに目の色を変えるということになってしまうのです
だから何が私たちにとって本当に大事な問題であるかが分かることが大切なのです
元来人間はすべてのものを自分の都合で見ようとする傾向があります。つまりものを正しく見ないように出来ています
自分の考えたことはもう間違いがない、それ以上の世界は無いものと頑張って、物そのものの姿を見ようとしない、そこに問題の根があります
しかし自分を頑張ってゆくところに問題は本当に解決するはずがない、問題を本当に解決する道は、自分を翻すところにあるのです
~道はただ一つ~
種々の問題を解決する道はただ一つ、自分の思いや考えを翻すこと、自分の思いが砕かれること、そこに本当の解決の道がある
それを示されるのが念仏なのです
南無阿弥陀仏は名号といわれます。それを簡単に表すなら名前でしょう
桜に桜と言う名があって、それが桜全体を現す様に、阿弥陀仏の名は阿弥陀仏を現すばかりでなく、南無阿弥陀仏は私たちの問題のありどころと、その答えが示されているものです
言い替えると、私たちの問題、それはわたしの思いや考えのところに根がある、つまり自分と言うものを立場にして、何でも見ている、正しくものを見ないで自分が交わっている
それが物の姿を変えて映しているということ、しかも間違いのないものと思い込んで頑張って、自ら苦しみを作り悩んでいる
そういうところに人間の根本問題があるあることを知らされるのです
それから逃れる道は、そういうふうにしている自分を自ら悟り、自分の思いを翻して、私の考え以上の世界に触れていく、そこに本当の満足と安心があることを示されるのです・・・東本願寺「今、いのちがあなたを生きている」から








