重陽の節句の9日、京都で大会が開催されました
四条烏丸を南へ下がった「瓢斗」で舌鼓を打ちました
向かいに与謝野蕪村宅(終焉の地)があります
1716年、摂津の国毛馬の豪農の家に生まれ、20歳の頃に一人江戸に下り、早野巴人の内弟子となり俳諧の道を歩む
27歳の時、師・巴人が没した後、江戸を離れ関東、奥羽地方へ長い旅に出る関東・東北地方を遊歴すること約10年、36歳で京に上がり、知恩院近くに居を得る
谷口姓から与謝野と改め、画を売って生活を立てる決心をし、妻帯する
その後、何度か転居し、最後の住処となる「仏光寺烏丸西入町」に移り住む 俳諧に絵画に、豊麗多彩な作品を次から次へと生み出しました






