見敬山・慶願寺:鎌倉末期、南志見東印内より移転
創立は文明5年(1473)西了法師によるもので、当村真言七ヶ寺一つに属し、西の坊と称した
また池ノ坊跡とも相伝される
開基は加賀から来た泉三左衛門・慶順であると伝えられ、明治に各人が姓名を届け出た折に、時の住職順道が姓を富樫にしょうと申し出た伝えがあり、先祖は富樫の末裔ともいわれる
加賀の国仰西寺の触下となり、願正寺の取り持ちにより本願寺八世・蓮如上人に帰依して改宗し浄土真宗となる
ちなみに金蔵寺の開基は白雉2年(651)
本堂と庫裡を結ぶ廊下
日暮れとともに灯りが浮かんでくる
本堂前
金蔵村は四方を山に囲まれた盆地
北に天笠山(天涯山)、南に大山・大狭間、東にたかつぼり山、西に金蔵山(上地山)を配する







