「失うものが何もない」というのは強がりである
失うものを持っているのはむしろ強みである
自分の心の在所が分かるからである・・・零
昨日に続き読売新聞・時代の証言者「三浦雄一郎氏の冒険に生きて」<恐れず夢を追いかける>を紹介します
2006年に101歳で行った父の敬三は99歳でモンブランの氷河を滑降するなど、最後までスキー人生を謳歌していました
<法華堂之道から望遠で阿弥陀如来を映しました>
でも結果的に、我々に特別な遺伝子は見つからなかった。そうなのだと思います。僕が小さい頃病気などで「落ちこぼれ」だった時期があったことや、引退を意識した60歳代にメタポの見本のようになり、エベレスト登頂と言う夢を抱いて再スタートした体験から言っても、冒険は特別な者に備わる資質ではない
心が作るものなのです
白蓮
人類は、あの山や海の向こうを見てみたい、空を飛んでみたい、といった冒険心があったからこそ生き延びてきた豊かさに安寧を覚え、リスクを恐れて夢を追うことを忘れたら、とうに滅んでいたでしょう
それは現代も同じです
僕の話を読まれて、老若男女、自分も小さな夢に向かい、何かを始めてみようかと、思って下さったら嬉しいそれが自らだけでなく、次の時代を拓く、一歩になると思うからです
蓮の耀き
命を撮る
赤線を歩きました
釣鐘堂と撞き棒
鳳翔館出口にある苔庭










