熊沢蕃山の由緒書きが立てられていましたので紹介いたします
小生が知っている熊沢蕃山は岡山県にある藩校・閑谷学校
江戸時代の儒学者(1618~1691)で、岡山藩主池田光政に仕え、一時京都の中江藤樹に学んだ
光政の信任を得て藩政に深く寄与するが、名声が上がる一方で蕃山の思想を危険視する流言も多く、幕命により明石藩主松平信之預けられた
延宝7年(1679)、信之が郡山に移封となったのに従い、この矢田山の麓に住み着いた
貞享2年(1685)、信之は下総国古川に転じ、代わって宇都宮から本多忠平が郡山に入る
引き続き郡山に住んでいたが、幕府はこれを認めず貞享4年、古川に移され元禄4年73歳で没した
蕃山は郡山在住は9年間であったが、その名声を聞き、教えを乞うものが後を絶たず、郡山藩の文教の発展に大きな影響を与えた
名は伯継、号は息游軒
隠退後、蕃山(しげやま)了介と称した
著書「大学或門」が幕政批判とされ、古河(こが)城中に幽閉されて没した
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