12日、江戸時代の国学者・本居宣長記念館を訪ねた
1730年、江戸に店を持つ木綿商の長男として松阪に生まれる
(松阪城内にある本居宣長旧宅。12歳から72歳まで住んだ。この家で昼は医者を、夜は古典講釈と研究を行った)
23歳、医術を学ぶため京都に行き、堀景山に儒学を、武川幸順らに医術を学ぶ
契沖の本を読み日本古典研究に志す
(縣居大人とは賀茂真淵を指す)
26歳、医者となり名を宣長、字を春庵と改める
17歳の時「大日本天下四海画図」を描き上げている
28歳、松坂に帰り開業
29歳、賀茂真淵の「冠辞考」を読み私淑する
33歳、草深たみ(22歳)と結婚
34歳、長男・春庭誕生。47歳の3女・能登まで2男3女を授かる
賀茂真淵と対面、入門する
(玄関前にあるケヤキの大木)
35歳、古事記研究に着手
42歳、古道論「直靈」、文法書「てにをは紐鏡」など成る
43歳、吉野飛鳥を旅し、「菅笠日記」を書く
以後、数々の著書を書き、各地を講釈してまわる
61歳、「古事記伝」巻1~5刊行
63歳、紀州藩に仕官する
69歳、「古事記伝」44巻完成
71歳、「遺言書」執筆
72歳、正月を和歌山で迎え帰郷。3月末上京し講釈。9月18日発病、29日未明没。この年までの門人は489名
間合いを見て、本居宣長について記してみたいと思っています






