正月3日、奥能登内浦の見付島を訪ねた
白波が押し寄せる曽々木海岸の外海とは対照的に穏やかな佇まいでした
空海は唐から帰国し、三杵を求めて佐渡より海路能登沖を通られた時波の音とともに法華経を誦する声がしたので島を頼りに着岸されたそこで村人たちの案内により山の桜の木に探し求めていた三杵の一つ、五鈷杵が光り輝き白夜法華経を唱えていた。 空海は深くお喜びになりここに一宇を創建され吼木山宝住寺と名付けられた
しかし今は歳月による風化に加え能登沖地震や台風の被害により島に往時を忍ぶ雄姿はなく、島上の社も崩壊しました
それより島を見附島と呼び縁結びの神を祭り、海難の守り神と共に小社を安置し4月18日を祭日とし舟を繰り出し島上に登り祝詞を奉じてきた
そして三鈷杵は高野山の松の木に独鈷杵は佐渡の小比叡山の柳の樹に掛かっていた。
現在は歳月による風化に加え能登沖地震や台風の被害により島に往時を偲ぶ雄姿はなく島上の社も崩壊しました









