迎春
歌会始
「幾千の山に授かる耀きは今世も来世も変わらぬ絆」
大汝山3015m、雄山3003mの峰
柴崎隊は新橋駅を午後7:30の汽車に乗り、東海道から米原(翌朝7:50分発)経由で午後4:36分富山に着いた
雷鳥平、地獄谷、天狗山2521m
3人は、午前中2ヶ月間の必需品の買い出しを済まし、午後からは県庁、警察署、営林署に挨拶回りをした
高山植物の冬支度
東京から送った荷物には数多くの測量機械が入っており、この量を山に持ってはいるのかと、人夫の3人は驚いた
この山の下を立山トンネルが通っている
さらに20数ヵ所つくる予定の覘標(測量用の櫓)の準備が大変であった
花の残骸、次の命を育む
人夫・宇治長次郎36歳・宮本金作と山口久右衛門は35歳であった。それと岩木鶴次郎を加えた4人
剱御前~一服剱~前剱~剱岳への稜線
準備を終えた6人が和田を出発した。まず大日岳2501m・奥大日岳2606m・雄山3003m・西大谷山2087m・中山1255m・大熊山1629m・気和平を撰点候補とした。名前のない山には適当な名が付けられていた
国見岳2620m、天狗岳2521m
次の撰点候補は前大日岳1779m、称名滝上・松尾峠・国見岳2620m・鷲岳2617m・早月尾根気和平・大熊山等であった
立山高原の眺め
浄土沢
室堂乗越・立山川・馬場島・大日平・白萩川上流・白ハゲ(大窓)・立山温泉・刈安峠・五越続山・内蔵助・丸山1963m・剱御前
ハイマツ越に見上げる雷鳥坂
ロッヂ立山連峰、雷鳥沢ヒュッテも見える
越中沢岳(栂山)2591m・、五色ケ原・ザラ峠2348m木挽山2301m・湯川谷・松尾峠・温泉山・出原山・針ノ木峠
針ノ木峠は、佐々成政が徳川家康を頼り、天正12年(1584)11月23日(陽暦12月24日)120名の家臣を連れて富山を出発した
ロッヂ立山連峰、雷鳥沢ヒュッテも見える
生きて信濃の野口に着いたのは主従わずか7名であった
上記羅列した地名は柴崎隊が覘標を立て測量をするために踏破したところ(剱岳点の記参照)






