古田盛作は「来年君は剱岳に登ると云ったが、おそらくそれは君自身の計画ではなくして上官の命令だろう」
「明治29年の時も明治35年の時も、剱岳は計画の中には入れてはなかったが、地元の人たちに登ることができるかどうか訊いてみた」
「立山信仰の思想を大衆に理解させるために描かれた立山曼荼羅の中に地獄の針の山として描かれているのが剱岳である」
「登ってはならないし、もし登ったら生きては帰れない山と信じられている
「また実際にあまりにも険しすぎて、どの方向から登ろうとしても登ることは出来ないのだ」
「少なくとも、私が調査した結果ではそうであった
でも登れと命令されたら登らねばならないでしょう
「それが軍人の考えだというのだ。君は死ねという命令を受けたら死にますか」
「剱岳に登れということは死ねというようなものだ。少なくとも現在の段階では剱岳に登山出来得る可能性はない」(剱岳点の記より)









