ここからは左岸を下る
「剱岳に登山するには徹頭徹尾大雪渓に執着せよ」という意味だとすれば、それこそ立山行者の秘語として長い間伝えられて来たものとして誠に相応しい
「あの大雪渓の上はどうなっているのか、誰も知らない。君が岩登りにこだわるのは、大雪渓を登り詰めたあたりに岩壁か絶壁がある予想してのことなのか」
長次郎は黒部別山に登った時、朝早く起きて、朝日に輝く剱岳の頂上を観察していたのである
7月11日午後6時、柴崎は気圧計の示度を読み取ると、一度に5ミリの気圧の上昇を見たのである。そこへハイマツの枯れ枝を抱えた長次郎が現れ、蓑の中に湿気はこもりません、明日は上々の天気となるでしょう
そこで、明日12日5時の出発となった
柴崎はほとんど眠れなかった
4時起床し、生田に長次郎を案内人頭に、鶴次郎と金作に偵察の出発を命じた
「あんなところを登るのは死ににいくようなものだ、止めたほうがよい」と。鶴次郎は「おれはそうは思わないがね。剱岳に登る道があるとすれば、あの雪渓だけだ。時期を逃すとあそこには割れ目ができて登れなくなる。今こそ1年のうちで、たった一度の絶好の機会だ」と云った
剱岳の頂上がバラ色に輝いていた。それは黄金の冠を頂いたように威厳に満ちた表情であった
4人の姿は間もなく急斜面の下に見えなくなった。明けたばかりの、青い空を鷲が弧を描いて飛んでいた
剱岳<点の記>参照









