昨日、大先輩T・A氏を偲ぶ会が大阪のホテルで開かれました
大正15年生まれ、満85歳の生涯でした
献花台の横には、生前中の功績を讃えた勲章や賞状、著書が並べられていました
その中で、細川総理大臣から贈られた功労賞に目が留まりました
氏は中国・奉天で終戦を迎えましたが、昭和24年までシベリアに抑留されましたが、無事帰国されました
この労苦を称え細川護煕内閣総理大臣から贈られた功労賞がひと際印象に残りました
小生の父も満州・満蒙開拓兵で出征していましたが、母の葬儀で帰国し、難を逃れました
氏は帰国後事業を起こし、輝かしい実績を残されました
その証が4名の弔事に顕れていました
闘将・知将としてグループを率いて、業界にこの人ありと
どんなに苦しくても、相手に不満があったとしても、諦めてはならない、相手から信頼されない経営者はだめだよ、と後進を教え導かれた
配下へは、出会いを大事に!いつか大切な存在になるから。従業員は宝だ!
昭和8年・72歳からジムに通い、健康に細心の注意を払われていました
5月には家族に遺言を遺され、亡くなられる3日前には会社を見に行きたいと家族に申し出られたという
「我慢強く、最後まで諦めない。苦しい時にこそ前向きに」が口癖であった
小生も、少なからぬご縁を頂きました
知人の10周年記念には、お祝いの花を贈って頂きました。結婚式にもご出席いただきました
ある時、なんばに呼び出されました。そこにはK会長と小生の同郷で父の友人であるT・K氏が同席されていました。お二人の共通のご友人という触れ込みでした。
T・K氏は国内に支店を持たれている企業のオーナー経営者でした。帰省した折父に話すと、よく遊んだとのこと。また親戚の親戚であることも判明。(小生が敬愛する先輩の奥様とは従兄弟であった)
世間は狭いなあ、と実感させられました
心よりお悔やみ申し上げます