京都の友人が山歩きしながら話がしたいというので

19日、大和青垣の最高峰「龍王山」へ登ることになった

近鉄天理駅8:25分着、桜井行き8:31発奈良交通バスに乗り、上長岡バス停で降りた

天理トレールセンター見学し山の辺の道分岐を長岳寺に向かった

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長岳寺:「釜口のお大師さん」と呼ばれ親しまれている

阿弥陀三尊像、楼門、庫裡などの重要文化財や石仏が多い

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真言宗の寺で天長元年(824年)弘法大師の開基

盛時には42の堂宇を数えましたが戦国の兵火と明治の廃仏毀釈で荒廃してしまいました

日本にも文化大革命で行われたようなことがあったのですね

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中世の豪族で龍王山城を築いた十市遠忠の句で

戦国乱世の願いが込められている

しかし、松永弾正が入城、織田信長に廃された

関西花の寺・第十九番

17日・18日の両日行われた万燈会の後片付けが、ボランティアの皆さんで手で行われていた

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地蔵院:現在は庫裡として使われている。重用文化財で48ヶ坊あった塔中の内、唯一残っている

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書院造で室町時代の美しい庭園

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幾多の栄枯盛衰を重ねながらも、1170有余年の間連綿と法灯を守り現在に至る
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重要文化財は仏像5体、建造物4棟

本道の前にある放生池

大師堂を引き返し本堂に立ち寄る予定にしていたが、ボランティアの方の勧めで、そのまま龍王山登山道の入ってしまった。よって、桃山風本道(重要文化財)を写せなかった

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拜堂
真言秘法の大道場・真言堂、経堂、法蔵、愛染堂、大師堂、宿坊、外客坊などがあったが応仁の乱で炎上焼失した
山彦耀のブログ 拜堂前境内
秀吉の時代に寺領は没収されたが、1602年8月、家康は由緒を尋ね寺禄百石を寄せ境内地45町を付した
以来朱印地として明治維新に及んだ

山彦耀のブログ 弘法大師像

維新の変革で廃絶に及ばんとしたが、民間に深く根差した大師信仰によって寺運を取り戻し今日に至っている

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古い石仏が並ぶ
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一仏をアップ
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12000坪の敷地に88ヶ所道が設けられ石仏は配されている

一番奥にある大石棺佛

この奥にある草わら道から登山道に出た

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