300余年前に噴火の記録。「倭漢合運」「本朝年代記」「菅家見聞」などには1547年から1659年にかけて10回以上の噴火があったことが記されています
甚之助小屋が見えてきた
1年を通して白雪の天衣をまとった白山は、農民たちから祖先の霊の宿る聖域
また水を司る神の御座所と崇められてきました
ヨツバシオガマ:葉が4枚対生していることからヨツバです。シオガマは「浜で美しい、葉まで美しい」?というところからつけられたとか
6世紀には、白山を水源とする手取川、九頭竜川、長良川、庄川の各流域で、それぞれの白山信仰が生まれた
カンチコウゾリナ:(寒地髪剃菜)総苞が黒いのが特徴
花茎が多く枝分かれしている
また、漁民にとって白山は海上からの指標であり、航海の守護神と敬われていました
ゴゼンタチバナ
白山信仰は古来、神仏習合をとっていました
平安時代には本地垂迹説が起こり、11世紀後半には、主峰御前峰は伊弉冉神で号は白山妙理大菩薩、本地仏は十一面観音、大汝峰は大己貴神で本地仏は阿弥陀如来、別山は白山地主神である大山祇神で本地仏は聖観音という白山三所権現の信仰が定着した
何時頃の時代につくられたものでしょうか?石段が組まれ歩きやすくなったいる
ところが明治維新後の1872年(明治5年)、神仏分離が強行されます白山麓18ヶ村は仏像破壊を恐れ、山頂に安置されていた仏像を下山させ、白峰の林西寺と尾口の白山社で預かることにしました
まだ新しいので、昨晩泊まった山小屋より綺麗でした
白山を下山した仏様は現在、林西寺の境内に建てられた白山本地堂で拝観できる
清楚な白い花:名前がさっぱり分かりません
白山本宮は白山比咩神社と改称され、全国3000余を数える白山神社の総本社として白山信仰の中心となっている
この辺りから砂防工事をする音が聞こえた
神仏習合:仏教信仰と日本固有の神祇信仰を一体とする考え方
本地垂迹説:仏が日本では仮に神の姿として現れてくるという説
神仏分離:明治の新政府が神道の優位性を示すため、神道と仏教を分離する政策をとりました
これにより、日本各地で仏像の破壊や除去が行われた
今にも雨が降り出しそうだ
ウィキペディア参照








