屏風と呼ぶにはあまりにも高く険しい
一人がやっと通れるような隙間しかない
切り立った壁
「心の行」が伴ってこそ
心は人には見えません。見えないところで行をするだけに困難なのです
天井を大岩が塞いでいる
10年間の滝行や、百日行、千日行を成就した行者と言えども、「心の行」のできていない人であれば、それは何ほどのこともありません
いわゆる、お粗末な人といわねばなりません
切り立った岩の上でも木は育つ
どのような立派な行といえども、「心の行」が伴ってこそ立派といえるのです
「大きな他力に包まれた自力」
修験道は自力法門の最たるものと認識されていますが、自力法門であっても、修験道のように自力の及ばない、大自然を道場として自然と融合しての修行を指向する場合、自力といっても、それは「大きな他力に包まれた自力なのだ」ということが自ら体得されてきます
先達も続く
このようなところが、他の自力法門と基本的に違うところでしょう
洞穴深く不動明王が安置されていたカラー文字は、金峰山寺前管長・五條順教師の珠玉の遺訓集から抜粋しています






