「隣村の人も知れずや古桜かな」
GWの5月2日、能登南志見の「六郎谷のヤマザクラ」を見に出かけた
同級生の嫁ぎ先の裏山にあり、昭和59年12月24日に輪島市の天然記念物に指定されている
聞いた通りの裏山に上がったが、それらしい桜の古木は見当たらなかった仕方なく山を下りて同級生宅で尋ねようとしたが、留守だったので田んぼで作業している人に聞いたが分からないとの返事
県道入口のKさん宅で尋ねてようやく分かった
杉林の山道を200mほど行くと開けた場所があり、中央に桜の古木があった
樹高3m位の処で枯れており、そこから新しい枝が誕生したようだ
輪島市里町の菖蒲田家の一画を「菖蒲田」といっているが、由来はショウブの自生地であったところから周りは樹高の高い杉やアテ林で陽がほとんど差し込まない。桜はすでに終わったのか、葉がちらちら見えるだけ
輪島市の説明文によると、真言宗の墓地の中にあり、胸高周囲4.7m、樹高約10mで、石川県一位の巨木である。直幹がなく、3mのところで枝分かれしている
老境に入っているがまだ衰えていない実に見事な山桜である
100年ほど前に地上3m程のところで切り倒したが、その枝は大きすぎて伐ることが出来なかったもので、その時の切口から新しい枝が四方に伸びたものと言われている
この新しい枝を育てるための懸命な営みが見受けられる。株の内部は空洞化して腐植土となり、表皮から発根しており鼠を寄生している。この巨大な老桜にみる自然の生命力には感嘆のほかない
この墓地の周辺を六郎谷といって、山地工人の木地師が住んでいたといわれている
また、この近くに里町発祥の地である七軒地もあり、近世初期十村を務めた、上梶家は県指定有形文化財(古文書)を所蔵している
昔は土葬だったようで石墓が多く残るタイムマシンで異次元の世界に迷い込んだような錯覚にとらわれる
多くの遺体が埋葬されたのだろう













