5日、岡山出張の帰途日本三名園の一つ「後楽園」に立ち寄ったが、駐車場に入るのに時間がかかりそうだったので列から離脱しUターンし、「土光俊夫記念苑」に寄った
土光先生は小生が尊敬する先人の一人だ
明治29年、岡山市北長瀬に生まれ関西中学から東京高等工業学校を卒業
石川島播磨重工業社長・東京芝浦電気社長などを経て昭和49年経団連会長に就任、昭和56年3月臨時行政調査会会長、昭和58年7月臨時行政改革推進審議会会長、昭和61年勲一等旭日桐花大綬章、昭和63年8月4日没す(享年91歳)
先生の生涯は日々新たな精神の積み重ねであった
晩年、中曽根内閣の行政改革を担い、日本の将来を思う強い決意を持って全力を尽くされ、「社会は豊かに、個人は質素に、思想は高く、暮らしは低く」の信条を自ら実践された
「メザシの土光さん」と親しまれた質素な生活、率先垂範の行動は多くの人々に感動と勇気を与えた
先生のご功績を後世の人々に永く伝えるため、多くの人々の浄財により、ゆかりの地である岡山に建立された





