天正4年10月、越後の上杉謙信は能登に侵攻し七尾城を攻めた。翌年の5月になっても攻め落とせず、熊木、富木、穴水、甲山、正院の五堡に将兵を置き、天正5年4月越後に帰陣した。

・五堡のうち富木を除く四堡が内浦沿岸部にある。七尾湾、富山湾といった海を意識した配置となっている。富山湾を通じて物資や兵、それに指令伝達を行い各城の孤立化を防ぐ狙いがあった。

・信玄は大口瀬戸に突出する丸山(甲山)を能登攻略の拠点として抑え行き交う船を監視し、海路を遮断し七尾城を牽制した。