12日岡山出張の際、仕事先の近所にある「犬養木堂生家」(国指定重要文化財)を訪ねた。駐車場から徒歩10分位のところに生家が静かな佇まいを見せていた。
犬養毅が本名で木堂は雅号。明治から昭和にかけて、政党政治の確立などで活躍した岡山県出身の政治家。
父は庄屋を務めるとともに儒学者であり、5歳頃から漢学を学んだ。明治8年20歳で上京し慶応義塾で学ぶ。明治15年立憲改進党の結成に参加。明治23年第1回衆議院議員選挙で岡山3区から出馬し当選する。以後亡くなるまで19回連続当選し、日本憲政の確立、藩閥の排除、普通選挙の実現などに尽力した。
木堂は総理大臣に就任するや、国内産業の振興、大陸進出に反対する政策を打ち出したが、海軍青年将校らの凶弾に倒れた。「話せばわかる、話せばわかる」と制したが、問答無用と射殺された。
犬養家は代々この地方の大庄屋や郡奉行を務める庄屋であった。
木堂が初当選した時に祈念樹として植えられた楠木。
書にも優れ、海外の政治家とも親交があり、情に厚い政治家として知られている。
小生も10年ほど前、最初に訪ねた時に扇子を買い求めた。「人間本来、無一物、払うべき塵もなし」と書かれていた。今も大切にしまってある。




