霧にけむる暗峠
7日昼前、日本の道百選の暗峠を訪ねた。
「菊の香にくらがり登る節句かな」
1694年9月9日重陽の節句の日、51歳の芭蕉が奈良から大阪へ向かう道中、ここ暗峠を越える時に詠みました。
9月8日に伊賀上野を立ち(体に発心が出ていた)奈良に一泊し9日に峠を越え、10月12日に大阪南御堂で午後4時頃に没。
「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」
暗峠は最初、鞍のような嶺ということで鞍ヶ嶺峠と呼ばれていましたが、松や杉が繁り峠付近を暗くしていたので、いつの間にか「暗峠」と呼ばれるようになりました。また辺りの山を小椋山と称し、椋ヶ嶺が訛って「くらがり」になったと伝えられています。
峠付近の石畳は、大和郡山藩・柳沢家の本陣がここにあって、行列がぬからないように敷かれたとされています。
