小唄会で、松竹二月喜劇特別公演<四時からの夜の部>を観てきた。生憎の雨であったが、開場の3:30には正面玄関前は立錐の余地がないくらいの人ごみであった。
会場は満席で、藤山寛美・直美親子人気の高さの証左だ。幕間は35分で、前半が「南地大和屋・へらへら踊り」で、我らの師匠・雪見先生が三味線で出演した。大正12年、関東大震災が発生し、関西にも震災による不景気の影響が襲っていた。大阪宗衛門町の大和屋の主人坂口は、こんな時勢にこそ不景気に負けない名物になる演し物を作りだそうと考えます。そして大正13年早春、大和屋の大広間では財界の大物が一堂に会する宴で”へらへら踊り”が披露され喝采を受けたのです。最後は、芝居と分かっていても、涙なしでは見れない内容でした。
雪見師匠の和服姿を見るのは初めて。普段でも三味線を手にすると背筋が伸びてシャンとするが、和服姿は凛とした気品が漂っていました。とても素敵でした![]()
2部は「お祭り提灯」で終始笑いの渦で、気楽に楽しめました。松竹座前の道頓堀は傘の花が埋め尽くしていた。
1階のフロアには協賛企業ご芳名が掛けられていました。主な出演者は、田村亮、小島秀哉、曾我廼家文童、西岡慶子、中川雅夫ら。
会場で販売していた冊子に、藤山直美&母との対談が載っていたので一部紹介します。
直美:パパが亡くなって、借金が増えへんからホッとしたん?
母:役者になりきっているというか、他のことは一切目に入らないほど一途でね。亡くなる前も芝居のことばかり話していましたから、一生役者で終わる人だなと。
直美:父がいい役者になれたのは、母を見つけたのがきっかけだと思います。母を見つけたのも父の才能でしょうね。
母:直美は芝居をしている時、主人が生まれ変わって来たみたいに、ゾッとするほど姿形が似ている時があるんです。



