息子が小学3年の時、パンサーズに入団した。幼少の頃から公園でキャッチボールやフリーバッティングをしたものだ。家の前でもよくやった。帰省した時には、今は亡き祖父とも三角ベースボールを楽しんだ。野球チームに入りたいと言い出したので、このグラウンドへ連れてゆきT監督に紹介した。野球は素人であったが温厚で誰からも親しまれる優しい監督であった。しかし勝負は非情なもので、大概1回戦で負けていた。監督はくさることもなく”よくやった!、と選手を讃えた。

その後、大阪から引っ越してきたIさんが監督に就任した。親子三代にわたる野球一家で、野球に対する造詣が深い人であった。大変指導力のある監督さんで、選手はもちろん父兄も引きこんでしまった。土曜日の夜に開催するコーチ会議には、集会場は何時も満員であった。

山彦耀のブログ

監督の話は仕事に役に立つ、と言って参加される方もいた。選手も多い時は50人近くいただろうか。とても合理的な指導をされる方で、朝から日暮れまで熱中させた。少年野球版「ID野球」を実践した。飛びぬけた選手はいなかったが、常勝チームに成長した。監督のご家族も協力してくれた。M夫人は、ソフトボールの選手だったのでグラウンドには毎回のように顔を見せ、一人ひとり名前を呼んで発破をかけた。息子さん達も、夜のコーチ会議で父兄のコーチにシャドーピッチングや捕球の基本を教えてくれた。リーダーでこんなに変わるのだ、変われるのだ、を見せて頂いた。こんな素晴らしい監督に指導して頂いた子供たちは本当に幸せだともう。

そのI監督は、数年前に経営する会社で殉死された。本当に惜しい方を失くした。

心からご冥福をお祈り申し上げます