正月2日午後、86歳になる父とドライブに出かけた。三つ子浜を過ぎると眼前に白崎が目に飛び込んでくる。故郷の日本海のシンボルの一つだ。(他は舳倉島と七ッ島)視界も良く白波が立ち絶好のシャッターチャンスに恵まれた。
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浜辺に船が一艘留めてある。地元の漁師さんなのだろう。僕は子供の頃ここでは泳いだことは無いが、兄がサザエを採りに行っていた。

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義経が奥州へ逃げ延びた際に、突端の洞窟に船を隠したと言われている。この洞窟は海上からしか見えないし、行くこともできないので船隠しには格好の場所だ。
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西側から見ると感じが変わる。岬の上の方にはホンガン様の屋敷という場所があって、義経がそこに休んだという硬い石があり、昔からそれを義経の手洗い鉢といっているらしい。
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白崎の付け根から南志見浦を見渡す。白波が岸辺に押し寄せる。吹雪の時は視界はほとんどなくなる。波の高さもこの2倍以上になる。

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平時忠(清盛の義弟)が流された時国家はここから5km程北西にある。時忠の娘(蕨姫)は義経の側室であり、逃げ延びる途中の義経に、能登まで会いに来たという伝説があります。

この下の三つ子浜は岩場で砂浜もあり、小学校の水泳教室によく使われていた。

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義経が船を隠した場所は、他に関の鼻など数カ所あります。

能登半島突端の須々神社には、義経の船が強風で吹き戻されて、荒波を鎮めるために宝物の蝉折の笛を奉納したという言い伝えがある。

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