ひと頃、大峯山(山上ヶ岳)の女人禁制をめぐって論争が起きたことがあった。小生もその時、時代錯誤も甚だしいと思っていた。しかし吉野の山に入り、役行者や修験僧、あるいは金峯山寺の人達の教えを請うに従い、この場所だけは遺さなければならないと思うようになった。修験を求める男たち、それを支えた女たち。それを実践した一例が母公堂だ。役行者の母上・白尊女が6人の高僧の中央に祀られている。息子を見守り支えた、その母を天川の村人が讃え、お堂を建て1300年間崇め祀ってこられたのだ。大峯山の女人禁制は日本の宗教文化なのだ。それが世界文化遺産に登録された要因のひとつだと思う。



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