17日曽々木大祭のフィナレーを飾ったのが無形文化財の名舟「御陣乗太鼓」。天正4年(1576年)越後の上杉謙信が七尾城の畠山氏を攻略「霜は軍営に満ちて秋気清し、越山を併せたり能州の景」と吟じた、話は歴史上有名だ。その余勢をかっt奥能登を攻めた。今の珠洲市に上陸して、次々に各地を平定、名舟村へ攻め入ろうとしたとき、村の長老の指示で、木の皮や海藻で鬼面を作り数昼夜にわたり、夜は浜辺に松明を灯し太鼓を打ち鳴らし続けた。
上杉勢はこの様子を見て、これまで惨殺した民衆の亡霊ではと恐れ、名舟村への上陸を断念したと言い伝えられている。
序・破・急の三段で打ち切る太鼓は、聞き手の心臓にビンビン響いてくる程迫力がある。小生は子供のころ怖くて見るのが嫌だった。甥の彼女が怖い!と言ったのもうなづける。
最後は5人の乱れ打ち。夜叉面、爺面、達磨面、男幽霊面、女幽霊面の揃い踏みだ。小さい子供が初めて見れば泣き出すことが多い。それくらい迫力がある。あの上杉勢が恐れをなして逃げたのだから・・・。