Natinal Treasure,the temple Kinpusen-ji
修験宗の総本山・金峯山寺の象徴として名高い蔵王堂、木造建築物では東大寺に次ぐ高さと規模を誇っている。その存在を知らない人はかなり多く、関西人でも例外ではない。世界遺産・国宝・重要文化財・歴史の宝庫なのにどうして?日本人なのにこんなに優れた文化財を知らないとはがっかりさせられる。かくいう小生も25年前に初めて訪ねた時までは存在すら知らなかった。これは文部科学省や学校教育に問題があるのでは、とおもはざるをえない。人間としての精神教育、道徳心を育てるには、伝統ある仏教にもっと身近に接することが必要だと常々思っている。
蔵王堂北側にある鐘撞堂。小生、6年程前からご縁あって当寺院の青年僧の会が主催していた「断食座禅会」に参加している。その際、蔵王堂は朝の勤行でお世話になっている。今回は6時からの勤めだったが、以前は5時からで薄暗いうちから巨大な堂内に身を鎮め読経する。三礼「一心頂礼・十方法界・常住三方」と真言を唱える。最後は般若心経を唱えながら堂内の仏様をお参りしながら一周する。堂内に響く僧の唱える般若心経には魂が洗われる。
小生は、訪れるたびに般若心経を写経し、納経させていただいている。ささやかなお布施だ。写経していると心が落ち着く、唱えると煩悩が薄れる、不思議な現象だ。
お堂の正面にある案内板によると、創立年代不詳、寺伝によると白鳳年間(7世紀)に修験道の開祖、役行者によって創建されたという。金峯山寺は平安時代(794~1192)からの修験道の隆盛により、天皇家はじめ公家や武家からの厚い帰依を受け、数多い末葉寺院や広大な寺領を誇っていたと伝えられている。この本堂は、山上ケ岳頂上にある山上蔵王堂(大峯山寺)に対して山下蔵王堂と呼ばれ、修験道の霊場である吉野、大峯の中心伽藍として信仰を集めた。高さ33.9m、桁行25.8m、梁間27.3mの一重裳階付入母屋造り檜皮葺きの木造建築で、中心寺院として相応しい威容を誇っている。堂内には修験道の本尊である金剛蔵王権現の巨象三体や役行者を安置している。
修験道の創始者・役行者も山中を歩きまわり野山に寝て心身を鍛えて仏になろうと努めた。修業は進んで苦しむことが第一で身体の苦しみで心が乱れなければ効果があるといわれる。ここ金峯山寺から熊野本宮まで75の行場があり、修行の道場として、根拠地として建てられた。6度の火災にあい、現在の蔵王堂は天正14年(1591年)に再建されたものだ。
堂内の柱は全部で68本あり、1本として同じ太さのものはなく、すべて自然木を素材のまま使用している。材質も様々で、杉、檜、欅、梨、躑躅の柱もあり一定しない。この堂では、本尊に桜花を供えて人々の罪科を懺悔する花供会式や、神仏を侮ったために蛙の姿に変えられた男が懺悔して僧侶の法力によって人間の姿に戻されたという伝説に基づいた「蓮華会蛙とび行事」などの伝統行事が行われている。
<4月18日、11時・午後5時>




