桜花爛漫、奥千本から下千本、距離8km、標高差600m。山も谷も3万本の桜木でピンク色に染め尽くされていました。
普通は下から登ってくるのですが、我々は花の雲上から下界へ降りて行くような気分でした。
奥千本は5分咲き
地味だが奥ゆかしさがある西行庵前の桜。
青空に白い花が映える。西行も芭蕉も同じように眺めた、と思うと感動
義経が兄の頼朝の追ってから身を隠したといわれる隠れ塔
「吉野なる 深山の奥の かくれ塔 本来空の すみかなりけり」
上千本
8分咲き
吉野山の桜の由来は飛鳥時代(天武天皇の頃)、役の行者が金峯山上で蔵王権現を感得し、その姿を桜の木に刻み祀ったことから始まる。その後、蔵王堂が建てられ、参拝者の献木によって日本一の桜の名所になった。三体の権現様は観音様が姿を変えたものといわれている。
水分神社の正門鳥居の枝垂れ桜
ここから女性2名が加わり10名となる。

現在のお社は400年前、豊臣秀頼公により再建された。
吉野山一番の展望台から、日本一の眺め馬の背に桜並木が乗っかって見えますね。正面奥が蔵王堂。
敷島の大和心を人問わば朝日に匂ふ山桜花・・・本居宣長
桜のように一瞬一瞬を大事に咲き誇り、そして潔しとする生き方をしたいものですね
右、葛城山。左、金剛山。中央の窪地が平石峠。
馬の背に桜並木が乗っかって見えますね。正面奥が蔵王堂。
吉野山 去年の枝折(しおり)りの道かへて まだ見ぬ方の花をたずねむ・・・西行
さくら狩り 奇特や日々に 五里六里・・・芭蕉
中千本
かえらじとかねて思えば梓弓 なき数にいる名をぞとどむる・・・楠正行
サクラという名の由来は富士山のご祭神「木花咲邪姫」(このはなのさくやひめ)のサクヤがサクラとなったという説が有力です。
とくとくと落つる岩間の苔清水 汲みほすまでもなきすみかかな・・・西行
ねがわくば桜のしたで春死なん あの如月の望月のころ・・・西行
蔵王堂周辺
花に浮き 上がりて高し 蔵王堂・・・静住
ここにても 雲居の桜 咲きにけり ただかりそめの 宿と思うに・・・後醍醐天皇
蔵王堂では花供会式が執り行われていた。儀式を終えて蔵王堂を出る修験僧
仏舎利塔も花に埋まっていました
観音の導きたまう縁のいと 蔵王権現様のお慈悲かな

あきつの公園の桜
満開
大峯奥駈道:奈良県大淀町の柳の宿から和歌山県本宮町の熊野大社に至る大峯山脈の標高1500m級の峰々を通過する修行の為の山岳道で、数ある紀伊山地の参詣道の中でも最も過酷なコースであり、その道程は約90kmに及ぶ。






















