15世紀の初頭、読谷山按司護佐丸によって築かれたといわれる。
護佐丸の居城は、座喜味の北東約4kmにある山田グスクだったが
首里王府の銘により当地に築城、当時の琉球の人口は7万人弱、
いかにして築城したか、支配下にあった奄美諸島からも
人夫をつれてきて3千人余が築城にかかわったらしい。
(前述の島々では”ぐずって云うことを聞かない子供には
護佐丸が来て琉球に連れて行くよ”なんて)
ところ変われば護佐丸は怖い人だったんだ
アーチの中央にはくさび石がはめられており、
他のグスク等にはみられなく沖縄でもっとも
古いといわれるアーチ石門