氣比と稲荷
敦賀駅の観光案内所にてマップを頂く
氣比神宮から徒歩10分程のエリアに
晴明神社発見♪
氣比神宮寺探訪の後
「行こう」
「行こう」
そういうことになった。
↑たぶん夢枕漠の読みすぎですわ

↑マップ片手に発見♪
お稲荷さんが合祀されてます
晴明とキツネ
グッドマッチ
といきたいところですが
結論からいうと
たぶん…
江戸時代頃の宗教アトラクションの名残
とみた
拝殿(?)に上がらせて頂き
晴明所縁の祈念石なるを拝む…
受付の上品で優しいおばちゃんと
少し会話を楽しみホッとしました
敦賀駅でのイヤな記憶が
ちょっと癒された気分

由緒書きには
一条帝のみぎり
当地に居住しながら当神社にて天文学を
よく学んだ旨…
あの例の一条天皇時代ですよ
道長・道隆・頼通・
伊周(坊は彼に同情的)・
定子・彰子・紫式部・和泉式部・
赤染衛門・清少納言…
ああきりがない
この頃にはすでに
晴明は陰陽道を極めております
何を今さら敦賀で天文地文の研究か?
ここでふしぎ発見!!
祭神の保食神(ウケモチのカミ)は
氣比神宮の主祭神である御食津大神→
笥飯大神とおんなじです
お稲荷さんも御食津神だし
食べ物にまつわる神さまだ
稲荷→赤鳥居→氣比神宮の大赤鳥居
氣比神宮に稲荷神あるいは
稲荷信仰が隠れていると考えるべきでは!!
新たな展開だ
晴明さんのご教示だろか
ただし…こちらの神社は
江戸時代の晴明ブームと
プチ氣比のコラボアトラクションとみた
ああ疲れた
「帰ろう」
「帰ろう」
そういうことになった…

テレビ版の鉄郎の方が鉄郎らしい
〆はラーメンか♪
氣比神宮から徒歩10分程のエリアに
晴明神社発見♪
氣比神宮寺探訪の後
「行こう」
「行こう」
そういうことになった。
↑たぶん夢枕漠の読みすぎですわ

↑マップ片手に発見♪
お稲荷さんが合祀されてます
晴明とキツネ
グッドマッチ
といきたいところですが
結論からいうと
たぶん…
江戸時代頃の宗教アトラクションの名残
とみた
拝殿(?)に上がらせて頂き
晴明所縁の祈念石なるを拝む…
受付の上品で優しいおばちゃんと
少し会話を楽しみホッとしました
敦賀駅でのイヤな記憶が
ちょっと癒された気分

由緒書きには
一条帝のみぎり
当地に居住しながら当神社にて天文学を
よく学んだ旨…
あの例の一条天皇時代ですよ
道長・道隆・頼通・
伊周(坊は彼に同情的)・
定子・彰子・紫式部・和泉式部・
赤染衛門・清少納言…
ああきりがない
この頃にはすでに
晴明は陰陽道を極めております
何を今さら敦賀で天文地文の研究か?
ここでふしぎ発見!!
祭神の保食神(ウケモチのカミ)は
氣比神宮の主祭神である御食津大神→
笥飯大神とおんなじです
お稲荷さんも御食津神だし
食べ物にまつわる神さまだ
稲荷→赤鳥居→氣比神宮の大赤鳥居
氣比神宮に稲荷神あるいは
稲荷信仰が隠れていると考えるべきでは!!
新たな展開だ
晴明さんのご教示だろか
ただし…こちらの神社は
江戸時代の晴明ブームと
プチ氣比のコラボアトラクションとみた
ああ疲れた
「帰ろう」
「帰ろう」
そういうことになった…

テレビ版の鉄郎の方が鉄郎らしい
〆はラーメンか♪
氣比神宮寺
旅の主題は文献最古の神宮寺探し

↑本殿裏の立派な由緒書
ここな一文に氣比神宮寺の文言発見
氣比神宮寺は最古の神宮寺とありますが
少し意味が違いますね
文献上の最古です
古さを競っても意味はない
現物は残ってないんだから
お値打ちは小浜にありますよ

ツヌガアラシト命→ツヌガ→ツルガ
ほおら半島人が顔出した
ツヌガアラシトはミマナです

摂社角鹿神社の隣
末社兒宮(コノミヤ)
祭神はイザナミ命
珍しいかも

由緒書に元は氣比神宮寺境内に鎮座とある
ようやくたどり着けました
氣比神宮寺の痕跡といえるかどうか…
行って見なくちゃ分からないネ
ところで…
氣比→キビ→吉備
なんて説もあるみたい
因みに
氣比神宮のいたるところの由緒書には
吉備についてはたったの一言すら明記なし
ただ…坊は
氣比吉備のキーワードは
ツヌガアラシトと見ています
坊のイメージは
越前は継体天皇の故郷
吉備は反大和朝廷
本来ならば結びつきませんが
越前時代の継体天皇が
親大和朝廷だったかは疑問符付きです
どちらにしても未だ
ケヒの読みにはどうもしっくりこない
大和言葉っぽくないでしょ!!
それに
祭神のひとり応神天皇と
主祭神のイザサワケ命との
名前交換伝承とか
何が言いたいねんって言いたい
…さあてお次は…おっと晴明♪


↑本殿裏の立派な由緒書
ここな一文に氣比神宮寺の文言発見
氣比神宮寺は最古の神宮寺とありますが
少し意味が違いますね
文献上の最古です
古さを競っても意味はない
現物は残ってないんだから
お値打ちは小浜にありますよ

ツヌガアラシト命→ツヌガ→ツルガ
ほおら半島人が顔出した
ツヌガアラシトはミマナです

摂社角鹿神社の隣
末社兒宮(コノミヤ)
祭神はイザナミ命
珍しいかも

由緒書に元は氣比神宮寺境内に鎮座とある
ようやくたどり着けました
氣比神宮寺の痕跡といえるかどうか…
行って見なくちゃ分からないネ
ところで…
氣比→キビ→吉備
なんて説もあるみたい
因みに
氣比神宮のいたるところの由緒書には
吉備についてはたったの一言すら明記なし
ただ…坊は
氣比吉備のキーワードは
ツヌガアラシトと見ています
坊のイメージは
越前は継体天皇の故郷
吉備は反大和朝廷
本来ならば結びつきませんが
越前時代の継体天皇が
親大和朝廷だったかは疑問符付きです
どちらにしても未だ
ケヒの読みにはどうもしっくりこない
大和言葉っぽくないでしょ!!
それに
祭神のひとり応神天皇と
主祭神のイザサワケ命との
名前交換伝承とか
何が言いたいねんって言いたい
…さあてお次は…おっと晴明♪

氣比神宮とメーテル
八幡さんのことをあれこれと
調べておりますと
必ず行き当たるのが神宮寺です
ウィキによると
今は実在しないが
「藤原家伝」という文献に現れる
文献上の最古の神宮寺が
敦賀の氣比神宮にあったとのこと
長浜から敦賀までは北陸線で30分程度
とならば
行って来ました…初見参
行ったらなんかしらあるやろー


駅ではあんまりいい体験をしなくって
敦賀の印象いきなりダウン
まずICOCAが使えない!!
福井の玄関でしょ
原発でしょ
対応悪し
駅員は正社員じゃあない委託とみた
話は…
北陸道総鎮守越前国一之宮氣比神宮なり
ところで
ケヒって
何だかストンと落ちない音ですよね
キヒなら貨物列車の記号みたいだし
以前からケヒって読みが
気になってました
漢字を見ただけでは意味不明
日本語っぽくない
たぶん当て字だと思ってたんです
それが今回判明しました
主祭神はイザサワケ命
またの名を御食津(ミケツ)大神
別名笥飯(ケヒ)大神
食を司る神さまです
主祭神の別名からきたんですね
笥飯を氣比に当てた理由はわかりません
ヒをイと読めば
本来的にはケイ神宮か…
呼びづらいなぁー
…てな訳かわかりませんが
ケイ→ケヒ→氣比
お経の音を漢字の当て字で表記しても
漢字の意味そのものには
あんまり意味がないのとおんなじで
氣比にもそんな印象を抱きました
ここで一発万葉集
家にあれば
笥(ケ)に盛る飯(イヒ)を
草枕
旅にしあれば
椎の葉に盛る
有間皇子
死あれば
死の葉に盛る
と坊は解釈しています
万葉悲劇のひとつですね
ひとえに中大兄は腹黒いのぉ
どうもこやつ昔から好かん奴っちゃ
いかんいかん
この調子だと神宮寺にたどり着けない
さようなら
メーテルゥ~

調べておりますと
必ず行き当たるのが神宮寺です
ウィキによると
今は実在しないが
「藤原家伝」という文献に現れる
文献上の最古の神宮寺が
敦賀の氣比神宮にあったとのこと
長浜から敦賀までは北陸線で30分程度
とならば
行って来ました…初見参
行ったらなんかしらあるやろー


駅ではあんまりいい体験をしなくって
敦賀の印象いきなりダウン
まずICOCAが使えない!!
福井の玄関でしょ
原発でしょ
対応悪し
駅員は正社員じゃあない委託とみた
話は…
北陸道総鎮守越前国一之宮氣比神宮なり
ところで
ケヒって
何だかストンと落ちない音ですよね
キヒなら貨物列車の記号みたいだし
以前からケヒって読みが
気になってました
漢字を見ただけでは意味不明
日本語っぽくない
たぶん当て字だと思ってたんです
それが今回判明しました
主祭神はイザサワケ命
またの名を御食津(ミケツ)大神
別名笥飯(ケヒ)大神
食を司る神さまです
主祭神の別名からきたんですね
笥飯を氣比に当てた理由はわかりません
ヒをイと読めば
本来的にはケイ神宮か…
呼びづらいなぁー
…てな訳かわかりませんが
ケイ→ケヒ→氣比
お経の音を漢字の当て字で表記しても
漢字の意味そのものには
あんまり意味がないのとおんなじで
氣比にもそんな印象を抱きました
ここで一発万葉集
家にあれば
笥(ケ)に盛る飯(イヒ)を
草枕
旅にしあれば
椎の葉に盛る
有間皇子
死あれば
死の葉に盛る
と坊は解釈しています
万葉悲劇のひとつですね
ひとえに中大兄は腹黒いのぉ
どうもこやつ昔から好かん奴っちゃ
いかんいかん
この調子だと神宮寺にたどり着けない
さようなら
メーテルゥ~
