天皇陵まで散歩
坊の実家は
長岡京市にあります
実家から徒歩5分
後鳥羽院の承久の変に
連座した形で土佐に
配流となった
彼の息子
土御門天皇の御陵が
あります

後鳥羽院
新古今集の勅命者
当時定家と並び立つ
和歌の名手
鎌倉時代初期
源氏の武家支配に対し
天皇親政のため
打倒源氏に立ち上がった後の後醍醐天皇を
彷彿させる文武両道
その源氏系の長男が
土御門天皇
彼は母が源氏系のため
承久の変に際し
幕府のお咎めなしだった
しかし自らすすんで
流刑を望んだ
その姿潔し
阿波にて崩御後
長岡京の現地に埋葬

後鳥羽院の藤原系の息子順徳天皇は佐渡に
配流刑となり
彼の地にて崩御
御遺骸は京に帰れず
人の世の歴史とは
そうしたものだね

そして
後鳥羽院は隠岐の島に
流刑となり
彼の地にて崩御
嗚呼
崇徳院の御無念とぞ
だぶらすや
さても…
院御製
人も惜し
人も恨めし
あぢきなく
世を思うゆえに
もの思う身は
百人一首で一番好きな
歌です