福田英寿(侃諤亭) -91ページ目

福田英寿(侃諤亭)

大勢でやかましく議論したりする時「 けんけんがくがく」とか「かんかんがくがく」と云うことがあるが、そんな時には「喧喧囂囂」(けんけんごうごう)と云うべきが正しいようである。
私は、侃侃諤諤( かんかんがくがく)を目指したい。

  日南町の霞に生まれられ30歳からフランスで活躍された画伯が亡くなった。日南町美術館の学芸員の浅田裕子さんが追悼文を日本海新聞に書かれている。 私は、特別のお付き合いがあったわけではないが、私が郵便局に勤めている時、帰られると良く窓口に来られ話をした。こちらからフランスに手紙を出される時で、きれいな切手を使ってくれなどと。その他お酒の会も何度か、小さな絵もいただいた。 

    昨年6月は講演会後に歓談したが元気そうであったにと残念。

    今年は、親しくしていた人との別れが続き3人目。

 今日(8/16)の読売新聞。以前NHKテレビ午後9時のニュースのキャスターであった「宮崎緑」さんの記事。平素、私が良く考えていることがすぱりと記事になった。、
 記事の見出しは2つ。一つは「首相夫人の公私混同 説明足りず」は、多くの国民がなんかおかしいと思っても、ここまで「公私混同」で、森友学園の名誉校長就任を「かばうことは国益のためでない」と発言はない。 もう一つは女性の起用で「審議会のメンバーに男女比率が何パーセントだから」と決めるのではなく「能力重視で」で決めないと、本末転倒で女性に失礼だと。 これらは、男性も発言すべきだし、それ以上に女性も声を大にすべと記事に同感。

  1.  富士山に登った。と言っても52年ほど前のこと。私は昭和40年に郵政関係の東京地方簡易保険局に採用された。2年間で転勤したが、その間職場で年配の方のグループに誘われて富士山に登った時の写真が出てきた。部外の方や女性もおられたグループなので、山小屋で泊まって頂上へは今と違って元気であった私は、一人で先に頂上に上ったもの。
     今日は山の日の祝日、富士登山が渋滞とテレビ放送。半世紀前のことで記憶に乏しいが、頂上で昼食を食べた記憶もあり、混んでいた感じはなかった。いずれにしても、大昔の話。