福田英寿(侃諤亭) -75ページ目

福田英寿(侃諤亭)

大勢でやかましく議論したりする時「 けんけんがくがく」とか「かんかんがくがく」と云うことがあるが、そんな時には「喧喧囂囂」(けんけんごうごう)と云うべきが正しいようである。
私は、侃侃諤諤( かんかんがくがく)を目指したい。

今日は、母方の叔母の法事。私の母が一番上の長女。6人兄弟。私にとっては、一番下の叔母の13回期の法事。改めて従弟を数えると14人。私が75才一番上で年長。今日の法事の施主は一番下の従弟の50数歳。大きな寺の住職。高校時代のそれなりの行状と打って変わって立派な和尚。写真は、境内の石碑、いろいろあるが、夫婦のこと、君が書いたかとの私の問いに、「そうだ」と。アチコチで講演に出るのもうなずける。したがって今日は、午前から午後4時過ぎまでの歓談。私は、叔母さんのお嫁入りの日を知っているので、今日は改めて血縁について考えた日。

  中国地方道の駅102ヶ所全駅制覇に向けて、昨日と今日一泊2日で出かけた。その結果、岡山と広島をこれまで分に合わせて35ヶ所達成、すでに達成の鳥取県で5県の内3県が終わった。残りは島根と山口の済みを除いて計39ヶ所。家から遠く、全て尋ねるには数泊することになりそう。写真は、岡山の道の駅、30㎏玄米の袋の山にはびっくり。金額も7千円から一万円まで。いろいろ道の駅を回ったがこんなのは初めて。今日は、クジラの肉を各種そろえたところも。駅によって、珍しいものを見るのも楽しみ。

 白黒写真は、今から55年前昭和37年、1962年10月28日の東京、港区霞町郵政学生寮。この写真、改めて見るにほとんどが学生服。当時の私は後列左から2人目の学生服。私は大学2年、真ん中の年配は寮の管理人夫婦。子供も男女二人写っている。私は今の孫と同じ学年だが、孫は学生服を持ってないし、着てない。何しろ半世紀前の写真。多くの当時の仲間も亡くなっているかもの知れない年月。改めて後期高齢者と呼ばれるのも理解ができる。こんな写真を見ると55年の歳月が走馬灯である。