◇町の 重鎮が逝く昭和10年生まれ、戦後日南町を支えられたオピニオンリーダー中の重鎮リーダーが亡くなった。私が、故郷の郵便局に赴任したのが昭和56年11月。それから現在まで、いわば個人的というお付き合いをさせてもらった。彼には、10人ほどのメンバーがあり、時々便せんに集合場所と招集名簿を鉛筆で書いて持ってこられ、これをハガキに印刷して発送してほしというのが常。 いわば、組織的な会ではないが、日南町での非公式意見交換会。会合ではテーマがあったり、無かったりの中各界各層が意見交換するというもの。私が、年下であり郵便局勤めであったから事務係。私にとっても情報交換の場であった。性格は、まじめな方であり私は信頼をおいていた。本日の葬儀で弔辞と考えたが、各界での活躍の方であるからにして私の出る幕はないと遠慮した。 地元生まれで80年間、喪主ご子息の言葉「男子の本懐であったと思う」を聞き、私なりの言葉で弔辞をすればよかったと反省している。