ふるさとは寂れて、今は昔彼岸に墓地に行けなかったので、本日24日行く。想像ほど雑草がなく、私の両親と妻の両親に、お詫びしながら「孫のこと等」で多忙だったので言いわけ。 帰途、墓地の下の田圃も、子供の頃田植えをしたことを思い出し、感傷的になった。つまり、誰も耕してない「耕作放棄地」となっていた。 父の時代に農地解放と残っていたものも処分したものであった。私が帰った頃から特に生まれ在所が寂れた。 子供のころは、クローム鉱山で賑やかで生山駅発のバスが2台連なって走る地区であったのが、今は昔。