端午の節句は女の人の節句 | 伊丹のおくりびと

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伊丹市の幸せ創造企業 速水葬祭二代目創業者 速水英城です。
色んな所で様々な人々に支えられご縁を頂き毎日を過ごしています。
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月は新月で

端午の節供で
自転車の日で
おもちゃの日で
薬の日で
メロンの日で
午後の紅茶の日で
かずのこの日で
ゴーフルの日で
うずらの日で
ワカメの日で

全国的に子供の日な5月5日の日曜日

 

みなさん如何お過ごしでしょうか

 

おつかれさまです

 

伊丹のおくりびと、はやみんです♪

 

 

 

こどもの日、

 

端午の節句について調べてみると

 

へ〜〜!な事があったので備忘録として書き残しておきます

 

 

 

まずは

 

端午の節句は五節句のうちの一つで菖蒲の節句とも言われている

 

 

午(5月)の節句で5月初めの午の日に行われていたので

 

昔は5月5日と決まっていなかったけど

 

5と午の発音が一緒だったので5月5日になった。

 

 

 

 

そして一番の驚きが

 

端午の節句は女の人の節句だった事

 

 

 

え"?!!!Σ(・ω・ノ)ノ!

 

である。

 

 

 

昔、中国では五月は悪い月とされ、薬草をとって悪い気をはらう行事があり、かおりの強いアオイや菖蒲には、魔よけの力があると信じられていた。また、このころは、ちょうど田植えのシーズン。田植えは、昔、女性の仕事だったから、この日は女性が大切にされ、女性だけが菖蒲をふいた屋根のある小屋に集まり、そこで過ごした。これが「菖蒲の節句」=「女の人の節句」と呼ばれる。しかし江戸時代になると、菖蒲が「尚武(武を重んじること)」に変わり、男の子の節句となった
(引用元:wikipedia)

 

んだって。。

 

端午の節句は女の人を大切にする日だったんです

 

 

 

日本では鎌倉時代ごろから

「菖蒲」が「尚武」と同じ読みであること

また、菖蒲の葉の形が剣を連想させることなどから、

端午は男の子の節句とされ、

男の子の成長を祝い、健康を祈るようになった。

鎧兜や刀、武者人形など金太郎や武蔵坊弁慶やを模した五月人形などを室内の飾り段に飾り、庭前にこいのぼり立てるのが典型的な祝い方だけど

 

こいのぼりが一般に広まったのは江戸時代になってからで

関東の風習として一般的となったが、

京都を含む上方では見られない風習であった

 
 
 
へ〜、こいのぼりは関東ローカル文化だったんだ。。。
 
 
 
関東ローカルといえばこれ
 
柏餅

 

柏餅自体も江戸時代中期の1750年頃に江戸で作られ

 

1900年代に入るまではずっと関東ローカル文化で

 

全国的には"ちまき"が一般的だった。

 

って、柏(植物)自体が近畿以西にはほとんど自生してなかった事を考えると納得である。

 

 

 

へ〜〜♪

 

ですね♪

 

 

 

 

そういえば現行の日本国憲法

国民の祝日に関する法律、通称「祝日法」でも

 

こどもの日は「こどもの人格を重んじ、こどもの幸福をはかるとともに、母に感謝する」と定義づけられています

 

 

 

今も昔も5月5日は女性を大切にする日だったんですね♪

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