死に様は生き様。如何にして死ぬのかは如何に生きたかの集大成「みとりまちプロジェクト」より | 伊丹のおくりびと

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伊丹市の幸せ創造企業 速水葬祭二代目創業者 速水英城です。
色んな所で様々な人々に支えられご縁を頂き毎日を過ごしています。
感謝を込めて綴ります。

今日参加して来たみとりまちプロジェクト

「いまみとりまちプロジェクトがおもしろい!」


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テーマは「あなたにとっての看取りとは?」
 
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会場の園田学園女子大学に向けて車を走らせる



着いた着いた♪

って思ったら園田学園じゃなくて百合学園
 
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そう

園田にあるのは百合学園で

園田学園は塚口にあるんです。




百合学園の前まで来て思い出しました(笑)



 
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みとりまちプロジェクトは




病院で機械的に処理される「死」でいいのだろうか



最期は自宅で迎えたいと7割以上の人が思っているのに

現実は8割近い人が病院で最期を迎えている
 
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地域の人たちが最期を希望する場所で迎えられるようにするのに何かできないだろうか。。。




大勢の参加で開催されたチューリップカフェ(ワールドカフェ)
 
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みとりまちプロジェクトに誘ってくれたのは

 

実行委員長を務める同友会仲間、

杉原紙器産業の杉原さんと

 

司会は同じく同友会仲間で

障害者支援施設サニーサイドの松村さん

 

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参加者のほとんどは介護に関わっておられる人達で

看取った後の世界、葬儀業界からは僕が唯一の参加



葬祭業者から見る看取りの現状

「生きるため」の介護をされてる方々と

常に「死」と接している僕らとの感覚の違い




「看取る」というのは

「死を見届ける」「死を受け止める」ということ。




だけどその見届けること、受け止めることは「死」なのと同時にその人の「生」を丸ごとそのまま受け止めるという事。




どんな死を迎えるか

病気で亡くなるのか老衰で亡くなるのか

どんな死を迎えるかは自分では選べない


「死」とは完全にイコール「生」で

常に「死」と「生」はペアで存在している


死に様は生き様なのです



如何に死ぬかなんて事を考える時間があるなら

そんな事を考える前に全力で生きて欲しい

その結果があなたが望んだ死に様になるんだと思う。




恋って、「どんな破局を迎えるか」を考えながらしないでしょ?

子供の頃の夏休みって、「どんな思い出を作ろうか」って思って遊んでなかったでしょ?

全力で遊んだ結果、何年も経ってからいい思い出になるんだと思うのです。




そんな話をしたかな?




介護に携わっておられる方々からは

「発想の違いの中にも真髄を感じた」と仰って頂きました。



一つの同じ事象も違う立場から考えると違って感じるんですよね♪




介護に携わる人達ともっと話してみたいな♪



そう思えた今日のワールドカフェ

誘っていただいたお二人に感謝です♪