オシオのはなし。清め塩と盛り塩は違う意味があるんですね | 伊丹のおくりびと

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伊丹市の幸せ創造企業 速水葬祭二代目創業者 速水英城です。
色んな所で様々な人々に支えられご縁を頂き毎日を過ごしています。
感謝を込めて綴ります。

今日9月27日は「女性ドライバーの日」

大正6年に栃木県の渡辺はまさんが

女性で始めて運転免許書を取得したからだそうです。



世界に目を向けると「世界観光の日」でもあります。

僕が産まれた年で万博があった1970年の

9月27日に世界観光機関憲章が採択された事から

1980年にの今日に世界観光機関(WTO)が制定したそうです。

おはようございます、速水です。




昨日、チャリティーで集めたお金を女川町に届けに行った友人より

「清め塩」について質問が届きました。

仙台空港からメールで質問。。。

便利な世の中になったもんですね。




その時はメールでチョチョチョと返信したんですが

詳しくおはなしをさせて頂きます。




まずは清め塩。




太古より世界中で

塩は「清浄」「悪霊浄化」のシンボルと考えられ

神聖視されて来ました。




その理由までは解りませんが

たぶん、

海水浴療法の様に海水には治癒力が有るからだと思います。

実際、我が家の愛娘も幼少の頃

軽い皮膚疾患を患っていて

医者に行ったらアトピーと診断され

それ用の薬を処方される。

そうなると本当にアトピーになるからと

アトピーと診断しないお医者様を選んで診てもらっていました。

そんな愛娘が愛媛県の大爺ちゃん家に遊びに行くと

海に浸かったのが良いのか山の水が良かったのか

すっかり治って帰って来た事が有ります。

その後、四国にアトピーを海水浴などで直す合宿所も有ると聞きました。




昔の人も

海水の治癒力を知っていたんでしょう。



塩は日本神道でも用いられています。

よく神棚に「酒」「水」「米」「塩」が供えられていますね。




それだけでは清め塩に繋がらないのですよね。。

ここで神道による「不浄観」の話しをします。




神道には「穢れ」という不浄観が有ります

「気」が「枯れる」から「気枯れ」→「穢れ」とも言われますが

「穢れ」の概念はヒンドゥー教からインド仏教に影響し

平安時代に仏教と一緒に日本に入って来たと言われています。




しかし、天皇を神聖視する日本神道と結びつき

神道において広まったそうです。

科学知識に乏しかった昔は

伝染病が死を広めた様に「穢れ」は伝染すると考えられ

伝染を防ぐ意味で「清め」の行為(禊)として

手水や塩があるんですね。




「穢れ」として一般的には

死、病気、怪我、血液、女性が代表的ですね。

喪中の人や月経中の人が神社を参拝できないとか

相撲などの神事に女性が携われないのも

ここから来るんですね。




「死」は「穢れ」ていて「伝染る」ので

「塩」で清めるんです。



最近、お葬儀に参列した時の挨拶状に

お塩が添付されていない事が増えましたが

現代の日本仏教に「穢れ」の概念は無いのです。

特に浄土系の仏教にその傾向が見られます。




お葬式やお通夜は故人を偲ぶ場であると同時に

自らの命の大切さを再認識する場であり

仏教徒として聞法できる、仏法に触れる事ができる

有り難い仏縁を頂ける場でもあるのです。



仏縁に出会わさせて頂く事に感謝こそすれ

故人や「死」に対して不浄観を持つなんてもってのほかなんですね。



それならば少し前までは

「何故清め塩を使っていたのか?」と言う疑問が出て来ますが

その答えは

「葬儀屋さんとお坊さんの怠慢」です。



清め塩や枕飯、出棺時にお椀を割るのも

「俗習」として何となく受け継がれて来たんです。

「何でか知らんけど昔からみんなそうしてるから」

と言うのが理由なんですね。




そうすると「正しい作法だから」と塩を否定したりすると

逆に悪者扱いを受けることもあるのですね。

町のお坊さんよりも田舎から来てくれている本家(母屋)の

おじさんやおばさんの方が強かったんです。

ましてや葬儀屋さんの立場なら尚更ですね。




長くなりましたがもう一つ。

飲食店の入り口の傍らに見る事が出来る「盛り塩」です。

これは「清め」とは意味を異にしていて、、、




古の中国のはなし、

秦の始皇帝には沢山の女性がいて

毎晩訪ねる所を自分で決めるのが大変なので

乗っている牛車の牛が立ち止まった所を

その夜の、、、。



そうすると知恵の働く女性が

牛が自分の家の前で停まる様にと

牛の好物の「塩」を玄関先に盛り

牛車が泊まった家の女性は皇帝から寵愛を受けた



と言う話しから

奈良、平安時代の日本でもお公家さんが乗っていた牛車の牛を

自分の店の前で立ち止まらせる為に「盛り塩」をする様になった

と言われています。

「人寄せのための縁起かつぎ」ですね。


そのどちらも何らかの文献に残ってるわけじゃなく

「俗習」として引き継がれて来ているようです。



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