第2章 男の話1
「当時僕は美大を卒業し画家を目指していました。
人より多少絵が巧いというだけで自惚れ
世の中をあまく見ていた時期でした。
勿論、世の中そんなに甘くないということは
すぐに気づかされましたが・・・苦笑
当時の絵のレベルで食べていくなんて
できるはずもありません。
昼間喫茶店でバイトをしながら夜絵を描くという
生活が続きました・・・
いくつかの公募展にも応募しましたが泣かず飛ばず
を繰り返しているうちにいつしか絵に対する情熱は
冷め、将来の不安と現実の空しさに苛まれ
自暴自棄の生活を続けていました・・・
そんな時、ある女性と出会ったのです。
初めて入った・・・ここ『キャリオカ』で・・・
25歳の時でした・・・」
男は一旦話を中断しチェーサーで喉を湿らした
「当時も、今と変わらぬ雰囲気でしたね・・・この店
ただ少し違うのはタバコの煙がスポットライトの
中で踊っていたことでしょうか・・・笑
でも当時のbarはどこもタバコの煙で
むせ返るようでしたものね。
いつも背伸びをしている友人が得意そうに
連れてきてくれたのが最初でした。
ルイアームストロングの搾り出すような力強い
ハスキーボイスが流れていたのを思い出します。
マスターの対応、客層、店内の雰囲気・・・
全てが『大人の店』だと思いました。
初めて自分が大人になった気分でした。
カウンター席は満員でこのボックス席に
座ったのを鮮明に覚えています」
そう言って男は振り返ってボックス席を見つめた。
続きを話そうとした時
グラスが空になっているのに今、気付き
同じものを下さいと言って話し始めた。
「僕らが座った先には先客がいました。
僕らと同じ位の年頃の女性2人組でした。
1人の女性は今でも思い出せないのですが・・・苦笑
というより、もう1人の女性が僕の心の中に
完全に入り込んでしまい他が見えなくなって
しまったのだと思います。
一目惚れ・・・っていうのでしょうね・・・
白のスリムなパンツルックが似合っていましたね。
髪はポニーテールにまとめ
話す度に笑う度に右に左に心地よく揺れていました。
オードリーヘップバーンのようにスリムで
知的な美人でした。
店内の客みんなと顔見知りらしく
彼女を中心に会話が飛び交っていました。
帰り際・・・彼女のほうが早く席を立ちましたが
その時初めて目が合ったと思います。
1秒か2秒かそんなもんだったと思いますが
またお会いしましょう♪
・・・そう言っているようでした。
勿論僕の勝手な思い込みですが・・・」
そう言って男は笑い
2杯目のドライマティーニを口に運んだ。
「ここに来れば彼女に会える・・・その日から
この店に通うようになりました。
そして初めての出会いから2週間位たった日
彼女と遭遇したのです。
まだ早い時間だったので客は僕しかいませんでした。
カウンターの一番奥・・・そう、この席です
この席に初めて座りました。
普段バーに行っても殆んどビール・・・カクテルって
いえる飲み物は精々ジンフィーズかジンライム
そんなものしか飲まなかったのにここに通うように
なってから飲んだこともない名前だけは知っていた
ドライマティーニを定番にするようになりました。
うまい、不味い、好き、嫌いではなくカッコ
つけたかっただけ・・・なんですけどね。
不思議なもので今ではこれナシでは、過ごせません」
男はグラスを見つめながら言った。
「そんな時彼女が前回とは色違いのパンツルックで
登場したのです。
見た途端頬が染まっていくのが自分で分かりました。
彼女はマスターと挨拶を交わし僕の側に来ました。
そして『こんばんは』と僕に笑顔で
挨拶をしてくれたのです。
その時の気持ちは・・・なんとも表現できませんね。笑
声をかけてもらえるなんて信じられませんでした。
『先日会いましたよね♪』
そのさらっとした言い方に僕も肩の力が抜け
『あぁ先日同じボックス席にいた・・・♪こんばんは』
『あの・・・隣座っても良い?』
勿論、どうぞ・・・っていう言葉をどもりながら
言ったのを覚えています。
これが2人の初めての会話でした・・・」
またチェーサーを一口含み話し始めた。
「彼女のリードによりお互い打ち解けるのに
時間はかからなかったですね。
僕が画家を目指している話をすると彼女は
作品を観たいと言い出しました。
自分では描かないけど絵は昔から好きなので
観る目はあるわ♪って言ってました。
僕は二つ返事で次の約束の日時を決め別れました」
第2章 男の話2につづく