隣の芝生
人を最も卑しくするのは『羨望』だと思う。
「隣の芝生」という言葉があるように、
概して隣の家のもの、他人のものはよく見える。
でも、隣の芝生に実際に足を踏み入れてみれば、
雑草もまじり、草むしりや芝生刈りもしなくちゃならない。
虫がいるかも知れないし、芝生に足をとられて転び、
足をくじくことだってあるだろう。
確かに、隣のものは自分の手元にあるものよりよく見えるが…
それは虚像だ。
どんなに懇願したところで、たいていの場合、
相手のものが手に入るわけじゃない。
第一、その人が何かを手に入れるまで、
人に分からない苦労があったかも知れない。
いや、きっとあっただろう。
人を妬んだところで何も生まれてこない。
妬むヒマがあるなら、
そこで精一杯悔しがり、それを起爆力にして、
自分も飛躍するエネルギーにするべきだ。
…と、思う。
僕だって例外じゃないけど。。。
『自分だけが』なんて思わず、『相手だって』と思う方が、
いい暗示だってことには気付いてる。
今の自分は…何が出来る?
今のあなたは…何が出来る?





