出会い
買い物帰りに、
あるおじいさんと出会った。
洗剤やら柔軟剤やらを両手に持ってた。
5つも6つもになってくると、決して軽いものじゃない。
僕は店を出ようとしたとき、
ふと後ろを振り返った。
左足…びっこ引いて歩いてる。
おそらく片足が不自由なのだろう。
脇に、杖も抱えていた。
おじいさんは、
僕が扉を開けて待ってる事に気付き、
少し足を早めた。
微妙な距離だったから…
どうしようか迷ったんだ。
でも、逆に急がせる結果になってしまった。
それでもおじいさんは、
「どうもすいません。ありがとうございます。」と、
何度も頭を下げていた。
どうして敬語を使うのだろう…
僕の三倍近くの人生経験を持つ大先輩なのに。
僕は普段、知らない人とは話さない。
目も合わさない。
「あの…」
でも、なぜか自然に声が出た。
「重くないですか?車で来られてるんですか?」
「いや…、とっと向こう(ずっと遠く)から歩いて来たがよ。」
「その荷物を持って歩くんですか?」
「まぁこれが、わしの仕事やきね。」
おじいさんは、クシャクシャの笑みを浮かべそう答えた。
『足が不自由なのに…』
言いかけたが、それは失礼にあたると思い、言葉を飲んだ。
「お一人で住まわれてるんですか?」
「息子夫婦と暮らしゆうけんど、孫は東京に出てしもうた。」
「どうして、おじいさんが買い物を?」
「わしが行く言うて、三日に一度はここに来ゆう。」
「でも、足が…」
はっとした。
ついつい口から出てしまった。
でもおじいさんは、何も気にしない様子で答えた。
「先生に、もう血が通いよらんき使い物にならん言われてなぁ…
それでも歩くくらいは出来るがやきよ、
気候もえいし、知らん間にこれが日課になりゆうがよ。
わしが今出来るんは、これぐらいしかないき。」
相変わらず、クシャクシャの笑顔だった。
「これでも、前はバイクに乗りよったけんど、
足が悪うなってから乗れんでにゃあ…。」
そう話すおじいさんの顔には、
なんら苦難や悲痛の感情は無かった。
もちろん諦めでもなく…
ただそこには、自分の運命を素直に受け止めた、
強き男の姿があった。
僕は言葉が出なかった。
正直、何て言っていいのか分からなかった。
若さもあり、五体満足な自分の方が弱く思えた。
そんな僕の表情を読み取ってか…
おじいさんは、
「今日は、洗剤が安いがぞ。」
そう教えてくれた。
僕は、胸がギュッとなるような変な感覚になった。
『感極まる』に似た感情だったかも知れない。
仕事が思うように捗らず、
ムシャクシャしていた心が急におだやかになった。
イライラが、スッと消えたような気分になった。
おじいさんは、
左足を引きずりながら、ゆっくりと角を曲がっていった。
あなたは、
今出来ることは、これぐらいしかないと言った。
でもあなたの、
そのクシャクシャの素晴らしい笑顔は、
今、一人の人間の心を穏やかにしてくれた。
あなたは、
あなた自身が思っているより、
もっともっと存在価値のある人間だ。
その笑顔は、
様々な経験を積んできたあなたにしか出来ないんだ。
伝えたかったのが本心だけど、
僕のような若造が言うには、恐れ多い気がしたから…
今ここに記しておきます。
人との出会いは、損得の問題じゃない。
たった一度の出会いに意味があることだってある。
出会いを大切にするということは、
いつまでも仲よくとか、そういうことだけじゃない気がする。
おじいさん…
「ありがとう」を言うのは僕の方です。