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歴史を感じよう

日本史について感じたこと、調べたことを連載形式で書いていきます。また、神社やお寺、史跡巡りしたこと、プロレスについても書いていきます。わが愛犬てんのことも語っていきます。そして…「オイラ、えいたろうの相棒のコアラだよ。是非読んでね。」

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和を以て貴しと為す


わしは長尾景虎(ながおかげとら)です。




鶴岡八幡宮


永享10年(1438年)6月、鶴岡八幡宮にて足利持氏(あしかがもちうじ)の嫡男、賢王丸(けんおうまる)の元服式が行われた。






ここで持氏から、


持氏「皆、ここに我が嫡男が元服した。新たな名は義久(よしひさ)である。」



コアラ持氏さんは憲実(のりざね)さんに反対されていた名を付けたんだね



持氏「義久の一字は我が祖先である八幡太郎義家(はちまんたろうよしいえ)様より頂いた。」



源義家



持氏は上杉憲実(うえすぎのりざね)から慣例に従い、現将軍、足利義教(あしかがよしのり)から諱を頂くようにとの進言を無視したのだ。



さらにこの元服式は幕府に無断で行われたのだ。



持氏は側近の一色直兼(いっしきなおかね)に、



持氏「憲実は来なかったのか?」


直兼「はい、来ておられませぬ。これで憲実が公方様(持氏のこと)に敵対していることは明らかです。」


持氏「……憲実め…。」





その頃、憲実は鎌倉の自らの居館にいた。



家宰の長尾景仲(ながおかげなか)は居館の警備を徹底していた。


憲実「景仲、元服式は行われてしまった。公方様はわしをお疑いであろう。」


景仲「何をおっしゃいますか?出席すれば幕府に…いや将軍、義教公に逆らうことを意味しますぞ!」


憲実「されど…」


景仲「さらに殿(憲実のこと)を暗殺する噂が鎌倉内で絶えません。出席すれば殺されるやもしれませぬ。」



景仲は憲実の居館に矢が射たれたこと、鎌倉内で持氏が憲実を暗殺するとの噂から憲実の出席を止めていたのだ。




景仲「殿、この鎌倉にいれば命を狙われ続けます。ここは鎌倉を離れるべきです。」


憲実「鎌倉を離れる?そうすれば、公方様はますますわしに疑念を抱くことになるぞ!」


景仲「殿、ここは決めるべき時です。幕府を取るか、公方様を取るか…」




憲実は景仲の問いに言葉が出なかった。




そして8月…暗殺の噂が絶えないを見た憲実は、



憲実「…一旦、鎌倉を離れよう。」




これが持氏との決裂となるのである…。







つづく…






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