和を以て貴しと為す
わしは長尾景虎(ながおかげとら)です。
正長2年(1429年)3月15日、京では正式に足利義宣(あしかがよしのぶ)改め足利義教(あしかがよしのり)が征夷大将軍となった。
足利義教
改名したのは義宣って名前が「世忍ぶ」に通じるって噂があったから不快だと思ったからなんだね
前年の7月には天皇家でも代替りがあり、新たに御花園天皇(ごはなぞのてんのう)が即位されていた。
御花園天皇
先代の称光天皇(しょうこうてんのう)には後継ぎとなる皇子がなく伏見宮家の貞成親王が後を継ぐことになったんだよ
自らも将軍となった義教は、
義教「帝の代も替わりし将軍も代替りした。この期に元号も変えるぞ!」
正長はわずか2年足らずで終わり、新たに永享(えいきょう)の元号とした。
義教「新たな元号になったことを日の本各地に伝えるのだ。」
新たな元号になったことは上杉憲実(うえすぎのりざね)にも報せが入った。
報せを聞いた憲実は足利持氏(あしかがもちうじ)の居館に行こうとしていた。
そこへ憲実の妻、佐奈子(さなこ)が見送りにきた。
憲実「佐奈子、公方(持氏のこと)様にお会いしてくる。」
佐奈子「殿(憲実のこと)…父が殿を困らせることばかりして申し訳ございません。」
佐奈子の父は持氏の側近、一色直兼(いっしきなおかね)であり、直兼は京に持氏を上洛させようとしたりと数々、憲実と対立したのだ。
憲実「佐奈子が謝ることではあるまい。わしと意見は違えど直兼殿も公方様のことを思ってのことだ。」
佐奈子「殿…お気をつけて。」
憲実「うむ、行って参る。」
公方館に入った憲実は早速、持氏と会った。
憲実「公方様にも京から報せが入っていると思いますが…」
持氏「うむ、義教が将軍宣下され、さらには元号が改元されたと…」
憲実「早速、将軍襲職の祝いの使者を送りましょう。」
持氏「…必要ない。」
憲実「えっ…?」
憲実は驚きの表情になった。
持氏「祝いの使者など送らぬ。わしは正長の元号を使い続ける。」
憲実「どうされたのですか?」
持氏「わしは籤引きで決めた還俗将軍など征夷大将軍とは認めぬ!」
憲実「将軍の政を見守るのではなかったのですか?」
持氏「見守るはするが認めたわけではない!関東、鎌倉は新たな元号も認めぬ!」
憲実の悩む日々はまだまだ続くのである…。
つづく…









