和を以て貴しと為す
わしは長尾景虎(ながおかげとら)です。
応永31年(1424年)2月、京…
足利義持(あしかがよしもち)は鎌倉公方、足利持氏(あしかがもちうじ)からの起請文を読んでいた。
そして側近、三宝院満済(さんぽういんまんさい)に話しかけた。
義持「持氏め、和睦を申し出てきよった。」
満済「大御所様(義持のこと)の望み通りになりましたな。」
義持「持氏が折れねば、関東は荒れるところだったからな。持氏もそれをわかったのだろう。」
満済「忍びの報せによると上杉憲実(うえすぎのりざね)が諌めたようです。」
義持「ほぉ、まだ幼かったと思っていたが…これから使えるな。」
満済「そうですな…しかし、まだ常陸と甲斐の守護職の問題が残っておりまする。」
常陸国と甲斐国の守護職を誰にするかで京と鎌倉府で揉めているんだ
鎌倉では、持氏が家臣の一色直兼(いっしきなおかね)と弓矢の稽古をしていた。
直兼「殿(持氏のこと)、京から和睦の承諾の文が参りました。」
持氏「そうか…ここは一旦引き下がろう。これ以上、京と争っても得るものはない。」
直兼「まだ常陸と甲斐の守護職の任命のことがございます。」
持氏「それは引かぬ。まぁ、これから話し合いだな。」
ザスッ!!
持氏の放った矢が的の真ん中を刺した。
持氏「それより此度は憲実の成長が見れた。頼もしくなったな。」
直兼「そうですな。」
持氏「そろそろ嫁を取らせねばならぬな…」
その頃、憲実は家臣の長尾忠政(ながおただまさ)と称名寺(しょうみょうじ)に来ていた。
現在の称名寺(神奈川県横浜市金沢区)
文学好きの憲実は称名寺が保管している鎌倉時代の金沢流北条氏が集めた書籍にめを通していた。
憲実「和漢の書など様々な素晴らしい本が沢山ある。」
忠政はあまり興味はないようだった。
そこへ称名寺の僧がきて、
僧「ここの本は鎌倉時代の北条実時(ほうじょうさねとき)公が開いた文庫。北条氏が滅亡後は我が寺で保管しております。」
北条実時
憲実「この文庫は再興して、皆に読んでもらおう。なぁ忠政。」
忠政「あっ、はい。」
ふと憲実が称名寺の庭に目をやると、1人の女性が本を読んでいた…。
つづく…








