暴れん坊を頼れ〜第50話 囚われない帝 | 歴史を感じよう

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日本史について感じたこと、調べたことを連載形式で書いていきます。また、神社やお寺、史跡巡りしたこと、プロレスについても書いていきます。わが愛犬てんのことも語っていきます。そして…「オイラ、えいたろうの相棒のコアラだよ。是非読んでね。」

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目次




我に任せろ!

私は源為朝(みなもとのためよし)の孫、里子(さとこ)です。



保元元年(1156年)7月11日に白河北殿崇徳上皇(すとくじょうこう)、藤原頼長(ふじわらのよりなが)側の軍議が行われていた頃、対する後白河天皇(ごしらかわてんのう)側でも高松殿で軍議が行われていました。


高松殿跡


天皇は源義朝(みなもとのよしとも)と平清盛(たいらのきよもり)を呼び出しました。


コアラ当時、武士が帝の前に座れるって、あんまりないことだったんだよね



天皇の側近、信西(しんぜい)が、


信西「帝、我がお言葉を取り次ぎ…」


後白河「いや、2人は直答を許す。謀反人、頼長や上皇をどう退治する?」



清盛は緊張した面持ちで、


清盛「兵の数では、こちらが優っておりまする。明朝を待って白河北殿を囲み、敵の兵を蹴散らし上皇をお連れします。」


平清盛



信西「ん〜?義朝は以下に?」


義朝「明日では遅すぎます。今宵、夜討をかけます!」


後白河「夜討とな?」


義朝「敵の兵は少ないとはいえ、我が弟、為朝がおります。奴の矢は強弓。こちらの被害もただでは済みますまい。だからこそ、夜のうちに敵兵を討ち、勝敗を決するのです。」


信西「なるほど、東国で荒くれ者を蹴散らし従えた上総の御曹司だ。都の武士とは違うな。」



コアラ義朝さんは東国に下向して戦い、東国を治めて「上総の御曹司」って呼ばれていたんだよ



清盛は不快な表情をしていました。



そこへ遅れてきた関白、藤原忠通(ふじわらのただみち)が、


忠通「夜討とはどうてありましょうか?こちらの軍は帝の軍。帝の軍が夜討のような卑怯な手を使うのはいかがなものかと…」


藤原忠通


信西「関白殿、戦に卑怯も何もありません。勝てばよいのです。」


後白河「よし!」



天皇は外に控えている兵らの前にたち、





後白河「強者どもよ!見事、謀反人を討ち果たしたて参れ!!」




「おー!!」


兵らは一斉に鬨の声を上げました。





天皇の軍勢は出陣しました。


平清盛率いる300余騎が二条大路を、源義朝率いる200余騎が大炊御門大路を、源義康(みなもとのよしやす)率いる100余騎が近衛大路を東に進みました。






為朝は迫ってくる兵と馬の足音を聞き、


為朝「…来たか!」




いよいよ決戦の時!






つづく…