新日本プロレスを内部改革しようとする山本小鉄とテレビ朝日からの出向役員らと、あくまで新団体設立を目指す大塚直樹。
クーデター派は2つに分かれてしまいました。
大塚は自身らの辞表(営業、経理の6名分)を「会社を良くするために使ってください」とテレ朝出向社員に渡しました。
一方、アントニオ猪木さん、坂口征二、新間寿は海外におり、タイガーマスク引退のニュースを断片的に知り、身動きが取れない状態でした。
この頃だったと思いますが、タイガー引退後の『ワールドプロレスリング』の放送で猪木さんがカナダ・カルガリーマットから出ていました。
そして当時、若手だった高田伸彦がシングルマッチを行い、さらにザ・コブラなる覆面レスラーが出ていました。
コブラはタイガーマスクの後釜に据えられたんだよね
タイガーがいなくなり、高田、コブラと新たなスターの急務に動いていたんですね。
1983年8月20日に猪木さんが帰国。猪木さんはテレ朝出向社員2人に事情説明を受けました。
詳しい話は25日の役員会でとテレ朝出向社員は猪木さんに言いますが、先の大塚らの辞表を手に猪木さんに社長辞任を迫っています。
24日、山本らクーデター派は緊急に集まり、分裂してしまったメンバーをまとめるために血判状を作り、結束を高めたのです。
血判状には長州力の署名も見えます。
長州は署名はしたが、フリーランスとして海外マットに上がりたいのが本音で、内心では猪木さん寄りでした。
一方、猪木さんは帰国した新間に「全て終わりだ。俺が手をついて頼むから新日本を辞めてくれ」と伝えていました。
さらに新間は大塚から「アントンハイセルをやめてくれれば全てはまとまります。」と進言されていました。
そして25日の新日本プロレス緊急役員会が始まります。
つづく
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