今回は『猛将親父』のこぼれ話です。
その③です。
『猛将親父』の目次はこちら⬇️
吉川元春(きっかわもとはる)が天正10年(1582年)の備中高松城の戦いの後、嫡男の元長(もとなが)に家督を譲り、隠居した。
備中高松城の戦い
隠居した元春は日野山城(ひのやまじょう)の西南の山麓に隠居館を建築を天正11年(1583年)から開始した。
この⬆️高さ3mの石垣が約80mに渡って続いているんだよ
元春は建築途中の館に住み、隠居生活を始めたのだ。
しかし、元春は館の完成を見る事なく、天正14年(1586年)に出陣した九州の地で亡くなった。
その後、この館を完成させたのは吉川広家(きっかわひろいえ)だった。
吉川元春館の模型
嫡男の元長さんも天正15年に亡くなって広家さんが吉川家を継いだんだよね
広家が天正19年(1591年)に出雲国の月山富田城(がっさんとだじょう)に移った後、この館は徐々に館としての機能を失い、廃虚化していったのだ。
誰も住まなかったのか…
時は流れ、森や田畑に埋もれた館は石垣など遺存状態が良好でした。
その後、昭和61年(1986年)に国の史跡として指定されました。
吉川元春館として広島県の北広島町にあります。
吉川元春館には元春と元長の墓所もあります。
是非、訪れてみたいですね。
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