猛将親父 〜第159話 九州開戦〜 | 歴史を感じよう

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日本史について感じたこと、調べたことを連載形式で書いていきます。また、神社やお寺、史跡巡りしたこと、プロレスについても書いていきます。わが愛犬てんのことも語っていきます。そして…「オイラ、えいたろうの相棒のコアラだよ。是非読んでね。」

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目次




天下を競望せず…

わしは吉川元春(きっかわもとはる)の三男、広家(ひろいえ)です。



天正14年(1586年)8月…

「皆、立派に戦ってくるのですよ。ご武運をお祈りいたします。」

(ゆう)は九州に向けて出陣する元春、元長(もとなが)、経言(つねのぶ、後の広家)を見送った。




毛利(もうり)家は総大将の輝元(てるもと)は吉田郡山城(よしだこおりやまじょう)から、小早川隆景(こばやかわたかかげ)は伊予国から、それぞれ出陣した。



8月26日、既に九州に渡っている毛利の先遣隊の三浦元忠(みうらもとただ)は島津(しまづ)方の豊前小倉城(ぶぜんこくらじょう)の高橋元種(たかはしもとたね)勢と交戦したのである。


現在の小倉城


コアラこの交戦が秀吉(ひでよし)勢と島津勢の最終の交戦になったんだよ



一方、島津方の島津義久(しまづよしひさ)と義弘(よしひろ)は、

義弘「兄上、毛利勢が攻めきましたぞ」

義久「うむ、毛利も秀吉(ひでよし)の手下になりおって…義弘、大友(おおとも)の城をじっくり落として領地を拡げる策、見直せねばならぬな。」

島津義久


島津義弘



義弘「ならば大友宗麟(おおともそうりん)の本国をわしが叩きます。」


義久「うむ〜、まずは状況判断をする。」




島津方は策の見直しを計っていた。





9月をなり、秀吉は朝廷から豊臣(とよとみ)姓を賜った。


豊臣秀吉



秀吉は弟、秀長(ひでなが)と喜びを分かち合っていた。



秀吉「秀長、ついにわしもここまできた。」


秀長「兄上、驕ってはなりませぬぞ。」


秀吉「わかっておる。しかし、徳川家康(とくがわいえやす)もわしに会いに大阪に来る。やっと来るぞ。」



コアラこの時、秀吉さんは家康さんを上洛させるために実母の大政所(おおまんどころ)を人質として三河に送ったんだよ



秀長「家康のことが終われば、次は九州にごさるな。」


秀吉「九州…もうひとつある。吉川元春との戦いがある。」


秀長「吉川?既に従っておるではないですか?」


秀吉「元春を従わせて、毛利は完全に落ちるのだ。まぁ見ておれ…」





10月、元春は九州に上陸したのだ。ここには秀吉の軍師、黒田官兵衛(くろだかんべえ)も一緒だった…





つづく…



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