1983年にIWGPリーグ戦、結果はアントニオ猪木さんをKOしたハルクホーガンの優勝となりました。
猪木さんが勝つ流れだったのに、ホーガンが勝って、ホーガンが敗者のような表情しているよね
このシリーズ中には様々なことが起こっていました。
⬆️このポスターに載っている参加レスラーで、ディノブラボーは家庭に不幸があり、試合をすることなく帰国しました。
ブラボーの代わりにラッシャー木村が参加となりました。
さらにオットーワンツが数試合をしただけで負傷により帰国…
ワンツはヨーロッパ代表だったんだよね
2人も帰国…なんてこったい
IWGPには世界の大物プロモーターが来日し前夜祭に出ていました。
マイクで挨拶しているのがビンスマクマホンシニアさんだね
この画像⬆️の左側がカナダのプロモーター、フランクタニー。
かつて初期の国際プロレスでグレート東郷の依頼でTWWAなるタイトルを作った方です。
フランクタニーは前夜祭の後、旅行で香港に渡りましたが…急死したのです。
新日本プロレス内部では、長州力とアニマル浜口がシリーズの三重県津市大会を無断欠場。
そして新日本プロレスを退社しフリー宣言したのです。
長州はアメリカに渡り、マサ斎藤のいるAWAに参戦するつもりだったのか、本当に新日本を退社したのです。
この時期、反体制のマサ斎藤、キラーカーンはアメリカでも活躍していたからね
怒ったのは辞表を受け取った新間寿。
前年に藤波辰巳に噛ませ犬発言で人気を得た長州。
新間は日本マット追放するつもりでしたが、猪木さんが長州の行動を認め、フリー参戦させることにしたのです。
猪木さんも若かりし頃、日本プロレスを飛び出し、東京プロレス参戦したりと長州の気持ちがわかっていたようです。
2人のレスラーの緊急帰国、大物プロモーターの急死、長州、浜口のフリー宣言…そして最後に猪木さんの失神KO。
当時、どの雑誌だったか忘れましたが、新間が「IWGPは呪われてる」と発言していた…記憶があります。
翌年にも大混乱があって、さらに呪われたIWGPに拍車をかけたよね
次期シリーズは猪木さんは欠場。
ヘビー級は長州と藤波の対戦、そしてタイガーマスクがメインでした。
ここでタイガーに問題が起きたのです。
つづく
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